プロフィール

氏名:長谷川 進似てない似顔絵

1960年代に愛知県名古屋市に生まれる。(左のイラストは教え子だった東さんが書いてくれたのだが、俺はこんなにかわいくないし、羽も生えてない(笑))

大学院で数学を学んだ後(詳細)、プログラマー(注1)、高校教師(非常勤)、私塾の講師、家庭教師、名古屋大学教育学部聴講生(注2)などを経て、河合塾に居着く。

特技:
ルービックキューブ(注3)。トルネコの大冒険。風来のシレン。

かつての自慢:
学生時代は「名古屋市の主な劇場は全部、大道具の仕事に行った」というのが自慢でした。ところが、名古屋市が各区に一つずつ劇場を作るという訳のわからん事を始めたので、この自慢はできなくなりました。もっとも、これを自慢として聞いてくれる人間自体がもともとすごく少数でした。



(詳細)4.27/1998追記。国立名古屋大学大学院理学研究科博士課程前期課程(数学専攻)修了。理学修士。履歴書に書くのがいやになる長さでしょ、一行に収まらんもの。就職活動の時に履歴書を書く度に苦労したのだ。
 なんで数学科に行ったかというと、高校生の時にモンモールの問題を解いて、その確率の極限(nを無限大)が1/eになることが証明できた(すごく感動した)ので「俺は数学が出来るかも知れない」と勘違いしたせい。ではなくて、教養部から理学部へ上がるガイダンスで、

「数学科は物理学科や化学科と違って実験が無く(当然)、授業が午前中の一コマのみ、しかも週休二日」

と聞いたから。それぐらいのスケジュールでもほとんどの学生がついていけないのだと気づいたのは、数学科に入ってすぐのことでした。
 今でも覚えている数学科の最初の授業での、教授の第一声「operatorTのspectrum spaceをSp(T)と表すとき・・・」。数学科の授業はお坊さんのお経に似ていました。有り難いと言うことはわかっていても意味がさっぱり分かりません。
 「物理に行って、アインシュタインになればよかった」(意味不明)。(top)


(注1)同じ課に入った3人の新人のプログラマーとしての力量は、高卒>大卒>院卒 でありました。(top)


(注2)仕事終わってから「数学教育法」(法律じゃなくて方法)を聞きに行ったんだけど、初っぱなに「複素数係数の代数方程式が複素数の範囲で解をもつ」ことの証明(教養の2年レベル)を90分聞かされて、しかも最後に教授が詰まるんだもの。それでも、私、それなりに職業上の強い関心があって受講したので、「どんな講義も準備はちゃんとすること」ということを学びました(いまだに実感することしばしですが(^_^;)。(top)


(注3)帝国ホテルで開催された第1回全国大会の招待選手という輝かしい経歴あり。そのときの優勝商品は「日産サニー」。絶対もらえるつもりで出かけて(当時、だいたい3、40秒でできた)、新しいキューブ(ブームの真っ最中で貴重品)とキューブの絵のついたトレーナーとハンガリーワインだけもらって帰りました。
 関係ないけど、ここに「キュービック城の秘密」という漫画がある。ルービックキューブをキュービックと呼んでた事を思い出した。(top)

3.3/1998追記。ルービックキューブのGIFアニメを2つ入手しました。


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